こんにちは編集スタッフのQです。
2025年は5年に一度のショパン国際ピアノコンクールの年でした(今大会は前回がコロナの影響で2021年に延期されたので変則的に4年ぶりの開催)。日本からは13名が出場し、ファイナリスト11名には桑原志織さん、進藤実優さんのふたりが進出。桑原さんが4位に入賞されました。
予選からファイナルまでライブ配信が行われましたので眠い目を擦りながら、その模様をご覧になっていた方も多いのではないでしょうか。
しかしこういったコンクールを見ていると、素人目には何が素晴らしく、何がダメだったのか、ってことがもはや判別できないですよね。誤解を恐れずに書くと「もはや全員がすごすぎ」て、会場の聴衆の反応くらいしか自分には判断基準がないって感じです。だから日本人目線でいうと三次予選で喝采を浴びた牛田智大さんが本選への出場を逃したのは残念でしたし、意外な感じもしました。ネットの解説動画などを見ると、従来のYES/NO方式による採点が今回から純粋な点数評価に変わり、なおかつ点数調整において一次、二次予選の点数も加味されてくることから、単純に三次予選の出来映えだけとは異なる結果になったということのようですね。
クラシックのコンサートが始まる前は、いつもどこか独特の雰囲気、緊張感というか張りつめた空気感を感じますが、ましてやコンテストとなるとそれはもう、配信画面からも伝わってくるものがありました。桑原さんが受賞後の雑誌のインタビューで「若手が世の中に認知してもらうための最大にして最も公平に与えられているチャンスがコンクール」って話しておられますが、この一度の演奏で音楽家人生が変わっちゃうくらいの可能性があるわけですから、それは凡人には想像できない、背負ってるものの大きさというのか、覚悟が違うって感じなのだと思います。
そんな若き演奏家たちがコンテストに臨むにあたって、何を思い、何を目指し、何のためにピアノを弾き続けるのか。そんなことが描かれているのが、今回ご紹介する恩田陸さんの小説「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎)です。(前置きが長くてすみません)
2017年に直木賞と本屋大賞をダブル受賞。2019年には松岡茉優さんの主演で映画化されましたから、ご存じの方も多いでしょう。舞台は日本の地方都市で行われている芳ヶ江国際ピアノコンクール。コンクールの規模としては大規模とはいえないものの、近年、このコンクール受賞者が後に国際大会で優秀な成績を上げ続けていることから、世界への登竜門として注目されている大会という設定。
かつて天才ピアノ少女と呼ばれ、その後、母の死を期にピアノが弾けなくなり音楽の表舞台から消えていった栄伝亜夜。
音大出身でなく、自宅にピアノすらないのに野生的な演奏を披露。ピアノの大家にその才能を見出された少年・風間塵。
ジュリアーノ音楽院に在学し、多くの人が才能を認め、今大会優勝の最右翼と目されるマサル。
音大出身で卒業後は楽器店に勤務するサラリーマンで、今回が年齢制限から最後のコンクールとなる高島明石
という4人のコンテスタントを中心に物語が進行し、「才能とは何か」を問い続ける作品です。
それぞれが各々の演奏と向き合い、時に他のコンテスタントの演奏に刺激を受け、それを自身の演奏に昇華させていく様や、演奏者の挑戦的な楽曲解釈に向き合って、それをどう評価するのかに悩む審査員の心の内面。そして各コンテスタントを支える調律師やピアノ教師の姿など、まさにピアノコンテストの内側を詳細に記録したドキュメンタリーを見ているかのような感覚を覚えました。
作者の恩田陸さんは、執筆にあたって浜松国際ピアノコンクールを数度にわたって取材。連日、朝から終演までピアノを聴き続けたそうです。実際、活字で音、音楽を表現するってことがどれほど大変だったか、と思うと作者の挑戦にも頭が下がりますね。
私の読書ルーティーンは毎晩就寝前の数時間なのですが、本書を読んでいた数日間は、その時間が楽しみで楽しみで、至福の時間でした。描かれているクラシック曲なんて詳しく知らないのに、こんなに文字からピアノ、音楽が聞こえた作品はなかったです。それが正しく美しい音を奏でるだけの音楽偏差値がお前にあるのか、と言われるかもしれませんが、とりあえず今は、そのことは傍に置いておいてください。








