インタビュー〜<ぶらあぼ>  クラシック音楽を盛り上げる“広報部”でありたい

インタビュー〜<ぶらあぼ> クラシック音楽を盛り上げる“広報部”でありたい

「日本最大のクラシック音楽フリーマガジン」として30年の歴史を誇る<ぶらあぼ>

クラシックファンならホールなどで配布されているA5判の冊子を一度は手にしたことがあるでしょう。最近ではWeb版の<ぶらあぼONLINE>、デジタルチケットサービスとの提携など、次代を見据えた積極的な取り組みを見せています。クラシック音楽界をメディアの立場から支える<ぶらあぼ>編集部におじゃまし、編集長の鈴木学さん、副編集長の杉村泉さんにお話をお聞きしました。

コロナ以前/以降での<ぶらあぼ>の変化

−−クラシック音楽界に限らず広くエンターテインメント業界関係者に「近年の大きなエポックは何?」と聞けば、大半の人が「新型コロナウイルスによるパンデミック」と答えるのではないでしょうか。「新しい日常」という“非日常”が訪れ、演奏会、舞台、コンサート。それまであたりまえのようにあったエンタメが私たちの前から姿を消しました。

鈴木: <ぶらあぼ>にとっても、それは雑誌の存在意義を揺るがす出来事でした。<ぶらあぼ>の柱であり、多くの読者がもっとも求めているのは公演情報です。「いつ、どこで、どんなアーティストが、どんな演目をやるのか」。その情報の充実度が<ぶらあぼ>の強みであり、コアなクラシックファンの皆さんは、その情報を毎号楽しみにしてくれています。ところがコロナ禍によって、雑誌に載っている公演情報が、情報としての価値を持たなくなってしまいました。全国各地で予定されているクラシック公演。その情報を雑誌に掲載したとしても、発刊の時期には中止・延期となる事態が頻発しましたから。

杉村: 当然、編集部としては最新の情報を発信すべく編集を行いましたが、日々刻々と変化する状況に対応するには限界がありました。締め切り、校了の時間をギリギリまで伸ばして、スタッフも残業続きで作業し、「よしこれで!」と発行した途端に緊急事態宣言が出される。通常なら表紙には旬のアーティストの写真を載せるのですが、情報が流動的なのでイラストを使用したり、やれることはすべてやったけれど、という感じでしたね。

−−実際、2019年には邦人、来日演奏家合わせて1万2000回あった公演が、2020年には4700公演に激減します。※ 

※演奏年鑑2025(公益社団法人日本演奏連盟)

鈴木: ちょうど2回目の緊急事態宣言が出た2021年の初め頃、編集部で議論を重ねて大きな編集方向の変更を決断をしました。2021年3月号を最後に「前売りチケット情報」「TV&FM番組情報」「公演情報」の雑誌掲載をやめ、それらをWeb版での情報提供に移したのです。

−−21年3月号を見ると、公演情報だけ見ても北海道から沖縄まで、20ページ以上にわたって掲載されています。そんなメインコンテンツのひとつをごっそりなくす、というのは大きな決断ですね。

鈴木: まさに苦渋の決断でした。古くからの<ぶらあぼ>読者の中には、自分の予定と照らし合わせ「お、この日にはこんな公演があるのか」と、月ごとの公演一覧情報を楽しみにしているという方も少なくありませんでした。ただ紙媒体ですと編集作業から締め切り、印刷〜発行までのタイムラグがどうしてもできてしまいます。平時には問題とならなかったその時間差が、コロナ禍という非常時には情報の劣化になってしまう。中止・延期に関しても日々状況が変わるわけで、それに対応するにはデジタルシフトしかないだろうというのが編集部の出した答えでした。

−−とはいえ、慣れ親しんだ情報が雑誌からなくなることの反響は相当大きかったんじゃないですか?

杉村: 掲載スタイルの変更後、編集部には100件ほどの電話がかかってきました。「どうして載ってないんだ」と。実は今も多くの業界関係者から「もう一度昔みたいに戻せないか」という声はあるんです。

鈴木: 月ごとの一覧情報を読む楽しみというのは、書籍を購入するのにオンラインで買うのか、書店をめぐるのか、の違いにたとえられるんじゃないかなと思っているんです。オンラインでの購入はピンポイントで「この作家のこの本が欲しい」という形で注文する。一方、書店を巡るというのは、ぶらっと歩きながら思いがけない一冊に出会える楽しみがありますよね。一覧情報はそれに近い形で「こんな公演がある」「なんか面白そうだな」という情報の楽しみ方だったんじゃないかと。

「より確かな情報をお届けしたい」ということでデジタル移行を進めたわけですが、その意味では紙の情報の時のような、あるいはデジタル化ならではの新しい楽しみ方を提供するというのはこれからの課題ですね。

電子チケットサービスteket(テケト)と連携

−−これより以前にはWEBにはあまり注力されていなかったのですか。

鈴木: ホームページ(Webぶらあぼ)はありましたが、それは雑誌発行後に、掲載されたインタビューや記事を切り出して掲載していく、雑誌のWeb版という位置付けでした。以前から「Web対応を強化していかないとね」と話してはいたのですが、日々の編集作業が忙しくてなかなか進められないでいました。コロナによって公演数が激減し、「ちょうどいい」といったら不謹慎かもしれませんが、時間ができたことで、半年ほどの時間をかけて<ぶらあぼONLINE>としてリニューアルオープンさせました。

−−コロナ禍という未曾有の状況への対応という面もありますが、<ぶらあぼ>にとっては受け身というわけではなく、シフトチェンジ、いわば“攻め”のデジタル移行でもあったわけですね。

鈴木: そうですね。インタビューやプレビュー、レビュー、記者会見情報など<ぶらあぼONLINE>独自のコンテンツを数多く掲載することにしました。たとえば公演の制作発表や音楽家の来日記者会見など、従来は雑誌発刊まで読者にお届けできなかったものが、早ければその日のうちに掲載できるわけで、情報発信という点では大きくアップグレードできました。

−−読者層では紙とネットの違いはありますか。

杉村: 雑誌<ぶらあぼ>の読者層が40代以降が多くを占めるのに対し、<ぶらあぼONLINE>は18歳から44歳までが半数以上で女性の比率が高く、最も多い年齢層を見ても、雑誌が40代なのに対して<ぶらあぼONLINE>は30代中盤と少し若いですね。

−−クラシック音楽市場というと成熟のイメージがあります。良くいえば安定している。ただ一方で新規層、具体的には若い世代の獲得が課題なのではないかな、などと推測します。

杉村: 主要聴衆層の高齢化。これは日本に限らず全世界的にクラシック音楽界が抱えている問題です。日本は比較的まだ年代的なばらつきはある方で、欧米は日本以上に高齢化が進んでいる印象ですね。

−−その点でもネットメディアというのは有効な手段ですね。

鈴木: はい。ただしネットで情報を発信すればそれで良し、なのかといえばそうではなく、大切なのはネットならではの利点を活かした仕掛けづくりですよね。先ほど公演一覧情報のネット掲載で、まだ課題があると申し上げましたが、<ぶらあぼONLINE>の「コンサート検索」を見るとフリーワード、日付、地域、ジャンル、条件などによって絞り込み検索ができて、雑誌の文字情報に比べれば利便性はすごく高くなっています。けれど見方を変えると、それは検索するだけの知識も必要だということでもあります。ライト層にとってはそれがハードルといえなくもない。

また多くの聴衆が公演を選ぶポイントが、「楽団」「指揮者」「演奏曲」だといわれています。この検索スタイルだと、先ほどの書店めぐりでいう“出会い”は生まれにくいですよね。書店員さんのPOPの言葉に惹かれて「思わず手に取った一冊」みたいな。

ネットの利点を活かすとなると、読者それぞれの属性や閲覧履歴に合わせ、情報を最適化して提供するパーソナライズのような仕組みなども必要ではないかと思ったりしています。グルメサイトの「食べログ」ならぬ「聴きログ」みたいなものができないものか、といったことはクラシック音楽関係者との会話で、かなり前から話題に出てきているんです。

そんな中、<ぶらあぼONLINE>がネットならではの取り組みとして打ち出したもののひとつに2024年2月からスタートした、電子チケット販売サービスのteket(テケト)との連携があります。

−−テケトですか?

鈴木: NTTドコモの企業内ベンチャーとして誕生した、いわゆる電子チケットサービスです。ユーザーにとってはコンビニなどでのチケット発券の手間がなく、その分の手数料もかからない。teketで購入してスマホに届いたQRチケットを会場でかざすだけで入場できる。このチケット購入へのリンクを<ぶらあぼONLINE>のコンサート検索機能にくわえ、読者が「このコンサート面白そうだな」と思ったら、すぐにチケット購入情報へリーチできるようにしたんです。
従来だと読者の「面白そう」から、チケット購入までには、「公演ホームページ」「チケット情報の確認」「チケット販売サイト」「購入」「発券」と何段階ものステップを踏まなければいけませんでした。実際、その過程で離脱しちゃう人も結構いるんじゃないか、機会損失を起こしていたんじゃないかと思うんですね。teketと連携することで、ワンクリックでチケット購入サイトに飛べる、読者の興味をチケット購入にシームレスにつなげられると考えたわけです。

−−それこそ公演に気づいた当日でも買えるわけですね。

鈴木: はい。コロナ以降、公演チケットの売れ行きが遅いというか、公演が近くなってから購入するという方が増えている。そうした観客の購買傾向の変化にも合っていると思います。

またこのteketとの連携を決めたのは公演主催者側にとっても使いやすいサービスであることも大きな決め手のひとつでした。teketの代表を務める島村奨さんは4歳からバイオリンを始め、大学時代には慶應のワグネル・ソサィエティー・オーケストラに所属するなど、自らも演奏家としての一面を持っています。teketのサービスについても、彼がアマチュアオーケストラに所属する中で、その運営に課題を感じたからだそうなんです。

実際アマチュアの楽団が公演を打つとなると会場の手配から当日の運営まで、少ない人手で行うのは大変で、なかでもチケットや入場管理などは手間もかかるし、間違いが許されません。その点teketならば初期導入コストはかかりませんし、イベント登録や細かなカスタマイズも容易なので主催者側の使い勝手が良い。実際、現在はプロの音楽家も数多く利用していますが、サービスのローンチ当初はアマチュアのオーケストラなどを中心に利用者が急増し、業界でも話題になりました。

杉村: アマチュア団体公演ですと入場料無料というケースも少なくありません。実はteketはそんな無料イベントにも対応していて、しかも無料の場合はチケット発行に関する主催者側の手数料もかからないんです。つまりコストをかけずに入場者管理ができる。紙の整理券やメールで整理番号を発行したりという手間、受付に何人も人を配置するということが不要になるわけで、主催者、特にリソースに限りがある団体などにはメリットが大きいんです。

伝えたいクラシックの奥深い魅力

−−コロナ禍を経て、公演を取り巻く環境も戻ってきた中、最後に、クラシック音楽界の現在、そしてこれからをどう見ていらっしゃいますか?

鈴木: オンライン配信など、コロナ禍における無観客公演での苦肉の策であったものが、新しい視聴スタイルとして確立したということがひとつ挙げられるのではないでしょうか。それと環境要因としては為替ですね。円安傾向が続いていることで、海外公演や海外からの招聘コストが負担になっているように見受けられます。

杉村: 演奏者に目を向けると、クララ・ハスキル国際ピアノコンクール優勝やチャイコフスキー国際コンクールでの第2位入賞をきっかけに、今やヨーロッパでも屈指の売れっ子ピアニストとなっている藤田真央さんを筆頭に、才能ある若い演奏家の活躍が顕著です。2021年のショパン国際ピアノコンクールで日本人では半世紀ぶりとなる第2位となった反田恭平さんも、この夏、指揮者兼ピアニストとしてザルツブルク音楽祭に招かれるなど大活躍です。同じくショパンコンクールでセミファイナリストになり、ジャンルを超えた活躍をみせる角野隼斗さんは、日本武道館での単独公演で、クラシックピアニストとしては武道館史上最高となる1万3000人の観客を動員するなど、これまでのクラシック音楽の世界では考えられなかった動きが見られます。

鈴木: 特定のアーティストの人生に共感して、クラシックコンサートに足を運ぶという例はこれまでもありましたが、今、例に挙がった注目の若手演奏家の人気は、ある種“推し活”的な側面が強いのかなと思います。クラシック界においてそういう例はあまりなくて、あえて言うなら80年代のスタニスラフ・ブーニンの時に近いような気がします。

−−熱狂的な女性ファンがコンサートに詰めかける姿がワイドショーなどでも取り上げられましたね。あれに近い?

鈴木: バラの花束を持った若い女性がステージに駆け寄るような光景ですよね。厳密にいうと同じではないと思いますが、強烈な「人」への興味・関心がファンを動かしている、という点では近いような気がしますね。

−−いわゆるコアなクラシックのファン層とは違うという感じですか。

鈴木: クラシックファンなら知っている名曲を知らない、という傾向は見受けられますね。ただそんな“推し活”ファンがおかしいというつもりはありません。むしろクラシック界にとってはチャンス。多くの人が彼らへの興味をきっかけにコンサートに足を運び、その演奏を聴いてクラシック音楽の本質的な魅力も感じてもらえれば良いわけですから。

もちろんそそのための情報をどれだけ提供できるか、ということもメディアの役割であることは間違いないです。一方で、編集のあり方として過度にスターに依存するのは違うかな、とも考えているんです。人気があり、注目を集める演奏家の情報は随時追っていきますし掲載もしていきます。ただ毎号同じスターがカバーストーリーを飾る、というようなつくり方は<ぶらあぼ>のスタンスとは違うかなと。

たとえば<ぶらあぼONLINE>にはYouTube動画(ぶらあぼのYouTubeチャンネル)と連動した<オーケストラの楽屋から>という連載企画があります。これは普段見る機会のない「楽団員の楽屋話」というコンセプトで、「ここだけの話」「パート別あるある」といった内容をお届けしているもの。「実は楽団員の演奏家たちってこんな魅力的な人たちなんだよ」ってことを知ってほしいのと、それが楽団や楽団員、演奏、公演への興味・関心に向かってくれればと考えて企画しているものです。こんな風に、メディアとして伝えられる日本のクラシック音楽界の魅力って、まだまだたくさんあるって思っているんですよ。

−−日本のクラシック音楽界を支えるメディアとして、芯はぶらさないということですかね。

鈴木: <ぶらあぼ>には「日本のクラシック音楽界を盛り上げる広報部でありたい」という想いがあります。クラシックに関わる皆さんに、そう思われるに値するメディアであるために、何をどう発信していくか、どんな仕掛けをつくっていくかですね。


Profile

鈴木 学(株式会社ぶらあぼホールディングス取締役社長兼COO ぶらあぼ編集長)

早稲田大学 理工学部卒業。フリーマガジン『ぴあクラシック』の編集長を5年間務めたほか、スポーツイベントやオペラ公演などイベントプログラムの制作を手がける。2019年ぶらあぼに入社、クラシック音楽情報誌『ぶらあぼ』の編集長を務める。2021年にはウェブマガジン『ぶらあぼONLINE』をリニューアルスタート、メディア全体のデジタル化を推進中。

杉村 泉(株式会社ぶらあぼホールディングス執行役員 デジタル事業部部長 ぶらあぼ副編集長)

横浜市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科・同大学院を経て、レコード会社で約500枚のCDの制作に携わる。2017年から現職。バッハより前の音楽が日本でメジャーになる日を夢見て、日夜仕事に励んでいる。好きな作曲家はジョスカン・デ・プレ。趣味は瀬戸内の島めぐり。

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